ミックスは終わった。あとは仕上げるだけ——のはずが、手が止まる。
EQ が先か、コンプが先か。調べると記事によって順番が違う。言われたとおりに音圧を上げてみたら、音が潰れてペラペラになった。
★ 順番で迷うのを、いったんやめてください。
マスタリングは「何を足すか」の作業ではありません。いま何がずれているかを、先に見る作業です。
★★ 順番が2通りあるのは、どちらも正しいからです
調べると、だいたいこの2つが出てきます。
| 順番 | |
|---|---|
| A | EQ → コンプ → リミッター → 書き出し |
| B | ★ リミッターで先に上げる → コンプ → EQ → 最後にもう一度リミッター |
★★ どちらも間違っていません。目的が違うだけです。
- A は「整えてから上げる」。★ 何がずれているかもう分かっている人の順番です
- B は「上げてから、壊れたところを直す」。★★ まだ分からない人の順番です
★★★ この記事は B で書きます。理由は1つ。上げてみるまで、どこが弱いかは見えないからです。
小さい音量では、どのミックスもそれなりに良く聞こえます。目標まで押し込んで、初めて弱いところが壊れます。その壊れ方が答えです。
手順0|まず、何も掛けずに書き出して聴く
★ マスタートラックのプラグインを、いったん全部切ってください。
そのまま書き出して、スマホでもイヤホンでも構わないので通しで聴きます。
★★ ここで直したくなったところは、マスタリングでは直りません。
- 「ボーカルだけ埋もれる」
- 「ベースだけ大きい」
- 「サビでうるさくなる楽器がある」
★★★ これらはミックスの問題です。マスタリングは曲全体に同じ処理を掛ける作業なので、1つのトラックだけを直すことはできません。戻ってください。
手順1|目標を1つ決める
★ 数字を1つ決めてください。これが無いと、上げていいのか分かりません。
★★ Spotify だけが、公式に数字を出しています
Spotify の公式ページ(アーティスト向けヘルプ)には、こう書かれています。
| 公式の記載 | |
|---|---|
| 目標 | ★ −14 dB LUFS(Integrated) |
| 天井 | ★ True Peak を −1 dBTP 未満に |
| ★★ 例外 | −14 より大きい master にするなら、True Peak は −2 dBTP 未満に |
★★★ 3つ目は、ほとんど紹介されていません。大きい master ほど、配信用に圧縮するときに歪みが増えるためです。
★★ Apple Music と YouTube は、公式の数字が見つかりませんでした
★ よく「Apple Music は −16 LUFS」と紹介されますが、公式に数値を書いた文書を見つけられませんでした(2026年9月6日に探した範囲です)。推定値として扱うのが正確です。
★★★ なので、迷ったら −14 LUFS でいいです。Spotify が公式に書いている唯一の数字で、他の配信先もおおむね近い運用をしています。1つに決めることのほうが大事です。
★★ 上げすぎても、得はありません
配信サービスは、再生するときに音量を揃えます。
- 大きすぎる曲 … 下げられます。★ このとき音は歪みません(ただ下がるだけ)
- 小さすぎる曲 … 上げられます
★★★ つまり、目標より上げたぶんは、再生時に取り消されます。残るのは「潰したダイナミクスだけ」です。★ 上げ得は、ありません。
★ Spotify の公式ページには、上げるときの例まで書いてあります。−20 LUFS の曲で True Peak が −5 dBFS なら、−16 LUFS までしか上げない——天井にぶつかる手前で止めるという意味です。
★ ただし、正規化されない場所もあります
★★ Spotify は公式に「ウェブプレーヤーと一部の外部機器(テレビ・スピーカーなど)では音量の正規化を使わない」と書いています。
★ また、有料会員は再生音量を3段階から選べます(大 −11 / 標準 −14 / 小 −19 dB LUFS)。
★★★ だから「−14 にしておけば全員が同じ音量で聴く」わけではありません。それでも −14 を狙う理由は、いちばん多くの人がそこで聴くからです。
手順2|先に、リミッターだけで目標まで上げてみる
★ マスタートラックに、リミッターを1本だけ挿します。EQ もコンプも、まだ挿しません。
そして目標(−14 LUFS)に届くまで押し込みます。
★★ ここは「仕上げ」ではありません。検査です。きれいに上がらなくて当たり前です。上げてみて壊れるところを探すためにやっています。
★ ラウドネスの数字が出るリミッターを使ってください。数字が出ないと、目標に届いたかどうかが分かりません。
★ リミッター側に表示が無い場合は、測るだけの道具を別に挿せば同じことができます(同じ記事の後半で紹介しています)。
★★★ 手順3|壊れた場所を「見て」特定する
ここがこの記事の本体です。上位の記事が「分析する」の一言で済ませているところです。
★ 目標まで上げた状態で、次の表を上から順に見ていきます。
| 上げてみて起きたこと | 見る場所 | 正体 | やること |
|---|---|---|---|
| ★★ ずっと深く潰れっぱなし | リミッターの GR(減った量) | ★ 元の音量が大きすぎる | ★★ マスターのフェーダーを下げてやり直す。リミッターを弱めるのではありません |
| キックのたびに曲全体が凹む | アナライザーの 60〜120 Hz | 低音が場所を取りすぎ | EQ で低音を引く |
| ★ こもる・前に出ない | 200〜500 Hz の山 | 中低域の渋滞 | EQ の引き算 → こもりの記事 |
| ★★ サ行・シンバルが痛い | 5〜10 kHz | 歯擦音 | ディエッサー → 記事① |
| のっぺりして抑揚が無くなった | RANGE(曲の中の音量差) | 潰しすぎ | ★ 戻す。目標を諦める判断も要ります |
| ★ 特定の楽器だけ暴れる | — | ★★ ミックスの問題 | ★★★ 戻ってミックスを直す |
★★ GR(ゲインリダクション)の目安:常に 6 dB 以上減らし続けているなら、押し込みすぎです。★ ただしこれは目安であって規格ではありません。ジャンルによって変わります。
★★★ 「音が悪くなった」で止めないこと。どこが悪くなったかまで降りれば、直し方は決まります。
★ 見るための道具は、無料で揃います
★★ アナライザー付きの EQ が1本あれば、上の表のほとんどが見えます。
★ この先で案内している記事は、どれも私が書いたものです。そのうち4本には、私が作った無料プラグインも入っています。先にお伝えしておきます。
手順4|1つずつ直す。引き算が先
★★★ 足す前に、引いてください。
| 順 | やること | なぜ先か |
|---|---|---|
| 1 | ★★ EQ で引く | 減らすと、リミッターが押し込む量が減ります。いちばん効きます |
| 2 | コンプ(浅く) | ★ ばらつきを均すため。音を大きくするためではありません |
| 3 | ディエッサー | ★ 上げると刺さりも上がります。上げたあとに要ります |
★★ 一度に1つだけ変えてください。2つ同時に変えると、どちらが効いたか分かりません。
★ 比べるときは必ず音量を揃えてから。★★ 大きいほうが良く聞こえるのは、耳の性質です。揃えずに比べると、ただ大きくしただけの変更を「良くなった」と誤認します。
★ マスターのコンプは、GR が 1〜2 dB 動く程度で十分です。★★ ここで大きく潰すのは、ミックスの音量バランスが崩れている合図です。
手順5|もう一度上げて、書き出す
引き算が終わったら、もう一度目標まで上げます。
★ 手順2より浅く上げるだけで届くはずです。届かないなら、まだ引き足りません。
★★ 天井の数字
| 目標 | 天井(True Peak) |
|---|---|
| −14 LUFS を狙う | ★ −1 dBTP 未満 |
| ★ −14 より大きくする | ★★ −2 dBTP 未満 |
★★★ どちらも Spotify の公式ページに書いてある数字です。(2026年9月6日に確認)
書き出し
★ 配信に出すなら WAV・44.1 kHz・24 bit で問題ありません。MP3 は最後の変換だけに使ってください。★★ MP3 から作り直すことはできません。
★ 書き出したファイルを、もう一度スマホで通して聴いてください。DAW の中では気づかないことが、ここで見つかります。
★ DAW で変わるのは、書き出しの画面だけです
「マスタリング やり方」で検索する人の多くが、DAW の名前を一緒に打っています。
★★ 手順そのものは、どの DAW でも同じです。マスタートラックにプラグインを挿して、目標まで上げて、書き出す——これだけです。
★★★ 違うのは、書き出しの画面の場所と名前だけです。
★ そしてここは、この記事では書きません。私が持っていない DAW の画面を、押してもいないのに書くのは不正確だからです。お使いの DAW の公式マニュアルで「書き出し」「エクスポート」「バウンス」を引いてください。そのほうが確実で、しかも速いです。
★★ 1つだけ注意:私が作っている無料プラグインは Windows の VST3 だけです。Mac の方は使えません。Logic をお使いなら、Logic 標準のリミッターとメーターでこの記事の手順はそのまま実行できます。道具を買い足す必要はありません。
★★ そもそも、マスタリングは要るのか
★★★ 要らないことがあります。先に書いておきます。
- 自分で聴くだけ/デモとして送るだけ → ★ 要りません。書き出せば十分です
- ミックスが −16 LUFS くらいで、すでにまとまっている → ★★ リミッターを1本、浅く掛けるだけで終わります
- ★ ミックスに不満がある → ★★★ マスタリングでは直りません。戻ってください
★★ 「マスタリングをすれば良くなる」は、順番が逆です。マスタリングは良くする工程ではなく、揃える工程です。
★ 迷ったら、手順0で書き出したものと、仕上げたものを、音量を揃えて聴き比べてください。差が分からないなら、その処理は要りません。外してください。
★ よくある失敗
音圧を上げれば良くなると思っている
★★ 上げたぶんは再生時に下げられます。残るのは潰れたダイナミクスだけです。
音量を揃えずに聴き比べている
★★★ これがいちばん多い失敗です。大きいほうが良く聞こえるのは、耳の性質です。
全部のトラックにマスタリング処理を掛ける
★ マスタリングはマスタートラックに1回です。個々のトラックはミックスの仕事です。
1つの環境だけで判断している
★★ ヘッドホン・スマホのスピーカー・イヤホン。最低3つで聴いてください。
まとめ
- ★★★ 順番で迷う前に、先に目標まで上げてみる。壊れたところが、直すところ
- ★★ 目標は −14 LUFS。★ Spotify が公式に書いている唯一の数字です (★ Apple・YouTube は公式の数値を見つけられませんでした)
- ★ 天井は −1 dBTP 未満。−14 より大きくするなら −2 dBTP 未満
- ★★★ 引き算が先。EQ で減らすと、リミッターが楽になります
- ★★ 音量を揃えて比べる。揃えないと、大きくしただけで「良くなった」と感じます
- ★ 差が分からない処理は、外す
★ この記事でやることは、すべて無料のプラグインでできます。


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